三つの交響曲

昨日の東京の気温は23度、今日は26度になる見込みで、初の夏日です。窓を開け放っていると、爽やかの風が吹いてきて、本当に気持ちがいい。いい季節を迎えています。

昨日の通院は、タクシーを使わずに地下鉄で往復行ってみました。自分の身体は、自分が一番わかっていて、何となく行けそうな気がしたから。その前日は5週間以上ぶりとなる、スーパーへの買い物にもいき、段々自信もついてきた。
まだまだ、油断はしないが、一歩一歩、ゆっくりと、と思っています。

💛さて、そんなモーツァルトの今日の一枚は、ブルーノ・ワルター指揮、ニューヨーク・フィルハーモニックの、交響曲第39番、40番、41番「ジュピター」。

貞次さんが、モーツァルトとの出会いが、ピアノ協奏曲第20番ならば、私はこの交響曲「ジュピター」。ラジオから流れてくるこのジュピターのフィナーレを聴いて、心が震えました。そしてこの曲がモーツァルトの曲と知り、もっと、もっと、と、違う曲も聴きたくなり、そしていつしか、モーツァルトは私にとってなくてはならない生涯の友となりました。

モーツァルトは、この3曲の交響曲を3ケ月もかけず驚くほどの速さで完成させたことは有名なお話。1788年6月から8月にかけて、亡くなる3年前のことです。39番を第一楽章、40番を第二楽章、41番を最終楽章と捉えて、演奏会で連続演奏をする指揮者もいらっしゃいました。

「ジュピター」という呼び名は、モーツァルトとはなんら関係なく、後に付けられたそうですが、私は宇宙を思わせるこのフィナーレを聴くと「ジュピター」がぴったりなような気がします。
とにかく、素晴らしい曲、モーツァルトの最後の交響曲はこれでなきゃって、思います。

「モーツァルトが短い一生の間に経験したことのすべてが、このフィナーレに盛り込まれている。そしてこのフィナーレが、モーツァルトだけが書き得たフィナーレであったことも間違いない事実である。」(大宮真琴著、解説文より)
このフィナーレへの私の思いも、これなのかもしれない、と得心するような解説。
録音会場となったのは、有名なハリウッドのアメリカン・リージェント・ホール。教会堂を思わせる木の内装の柔らか味のある残響音が快いし、素晴らしい鳴りのいい会場での録音。特別な1枚なのです。