初の女性総理大臣が誕生した、奈良県出身、手を組んだ維新の会の党代表は大阪府知事、関西に注目が集まり、それに更に加えてセ・リーグの優勝チームは阪神。日本シリーズに向けてこちらも大いに沸き立っていると思う。
東北人で、東京に住む私としては、関西かァ~、なんか面白くないな・・・。
だが、そんな阪神のチームに横田慎太郎くんという若くしてこの世を去った選手がいる。脳腫瘍でわずか28歳でこの世を去った。視覚が衰えそれが脳腫瘍の症状と分かってからも野球を諦めきれずに病と闘ったが、とうとう2023年7月に帰らぬ人となった。若干28歳とはあまりにも悲しすぎる。
同時に入団した友人に梅野さんという当時捕手の選手がいて、弟のような存在として横田選手の闘病を仲間と共にずっと支えてきた。視力の完全な回復のないまま最後の試合に臨み、守ったのはセンター。そこに飛んできたボールを一球でホームに戻し、それがアウトとなり、今でも奇蹟のバックホームと語り継がれている。感動のドラマである。
梅野選手ら数人の友人たちはずっとこんな横田選手を見守り、励ましてきた。亡くなる数日前にも見舞いに行きみんなでベットの彼を囲んで撮った写真も残っている。
旅立った2023年7月18日、午前4時、梅野選手は早朝こんな時間に起きることなどないのに、起きてしまったという、それが午前4時ころで、それを話したら、友達らもみんな同じことを言っていたという。
挨拶に来ていたのかも知れない~、と、梅野選手は話していた。
人は亡くなる時に、知っている人を訪ねたりするそうで、人の気配を感じた、そういえばその時刻だった、と言うのは私は幼い時からよくある話として聞いていた。
父がなくなる時には、婿たちの寝室の戸が、ガタガタと揺れていた、と言っていた。父が行って戸を鳴らしていたのだろうか・・。分からないが、私はその時は病院だった。
貞次さんの時も、孫が朝方「テイおじいちゃんがすっと玄関に入ってきた気がした」と言っていたという。会いに行ったのかも知れない。貞次さんの建築関係の同僚も、同じことを言っていた。
貞次さんはまた変なことも言っていた。亡くなるちょうど2週間前の5月31日のこと、「お母さん(私の母のこと)に会いたくて会いたくて、会いに行こうとしたら、ダメ、絶対に来たら駄目と追い返された」と言っていた。余りに真顔で真面目にそれを言うので私は手帳に日付を書き残していた。母は2012年に、既にあの世に旅立った人。
これらは、人の魂というか、何か人から離れたものがこの世に存在し、行動しているのだろうか、それとも、こちらとあちらは繋がっているのだろうか。分からないが、魂は絶対に存在するのだと、私は思う。
私は阪神ファンでも何でもないが、横田選手の投げたボールが奇蹟のバックホームとして語り継がれているのは知っていた。最後に出た試合で、それも視力が完全ではない中での魂のバックホーム、野球の神様がいたのかも知れない。
その感動のドラマが映画になった、タイトルはそのまま「栄光のバックホーム」
予告編を観ているだけで涙が止まらない。横田選手の生きた証を、こうして残せてよかったなと思う。
11月28日公開です。
