ばらの騎士と貞次さん♪♡

「フィガロの結婚」と「ばらの騎士」を比較する第2弾、とても楽しかった。みんな「ばらの騎士」が好きなんだなと思った。
後期ロマン派を代表するリヒャルト・シュトラウスが、モーツァルトの「フィガロの結婚」のような作品を作りたい!と台本作家のホフマンスタールとの共同作業で出来上がった「ばらの騎士」、そして片やモーツァルトの代表作「フィガロの結婚」

共通点はいくつかあるが、「ばらの騎士」は、私は1度しか観たことがないが、音楽性は全く別だと思う。

ウィーンで作曲した「フィガロの結婚」に対し、「ばらの騎士」は初演はドレスデンだが、舞台はウィーン。初演はフィガロが1786年に対し、1911年と、18世紀と20世紀と時代の違いも大きい。「フィガロ結婚」はウィーンよりも、後にプラハで大成功となったのも有名なお話。

これらのオペラの比較とは関係ないが、喪失への嘆きのアリアにお話が及んで、モーツァルトには「フィガロ」では、伯爵夫人の嘆きのアリア、「イドメネオ」ではエレットラのイリアへの嫉妬を絡んだ壮絶ともいえる嘆きのアリア、そして私の好きな「魔笛」でのパミーナの、タミーノが口をきいてくれないことへの嘆きのアリアがあるが、このどれをとっても、これ程の感情を見事に旋律に乗せて表現した作曲家は、モーツァルト以外、この世に存在していないと、私は思っている。

「ばらの騎士」のファンの方々と共に、新国立劇場で「ばらの騎士」を観賞したことがあった。もうかれこれ20年も前のことになるが、休憩時に皆さんから貞次さんに、有名な三重奏(元帥夫人、オクタヴィアン、ゾフィー)が最後にあるから、それはとにかく素晴らしいから、とのご教示で、心して貞次さんも聴いたようだったが、後でずっと私には、僕はその良さが何処になるのか分からない・・誰か教えてくれないかな~と、そんなことを言っていた。

それからは「ばらの騎士」を好きな方々に会うと、貞次さんはよくこの質問をしていたが、納得できる答えがあったのかどうか・・

私はそんな貞次さんと同じ感想を持ったが、むしろもしモーツァルトが作曲したのなら、この場面での三重奏にモーツァルトはどんなメロデイを付けただろうか、など、そんなことを考えて、わくわくしたりすることもあった。

”貞次さんとばらの騎士の三重奏”、あちらに行ってしまった貞次さんだが、この感想は今も私の中にくっきりとした思い出として残っている。いい思い出と言えば、いい思い出である。そしてなぜか、貞次さんらしいな~と思えたりする。
発端は、モーツァルト崇拝故の感想の様にも思えるから、やっぱり貞次さんらしい。

否定するものではなく、感性は人それぞれのもの、好きか嫌いかは非難はできない。モーツァルトのことだって、軽い、易しすぎる、眠くなるなど、感想は様々、それは仕方がない。。