かつてカルチャーセンターの「朗読」のクラスに通っていたことがある。コロナ禍まで続けていたので、かれこれ20年近く通っていたことになる。
貞次さんも私がこれを続けていることを喜んでいた。続けるといいよと、とも言っていた。
私が向田邦子の作品を読み、貞次さんがフルートで、モーツァルトの曲を演奏し、二人で発表会で共演したこともある。赤面ながら、楽しかった思い出。貞次さんはもう二度と嫌だと言っていた。私も同じ。もうそんなことはできそうにない。
貞次さんが亡くなり、コロナ禍もあり、私の中では、もうまたあのクラスに戻り、仲間と共にレッスンを受けるなど、全く考えられないでいた。
それでも、かつての仲間からのメールやlineで、先生のご様子や、生徒が増えたとか減ったとか、みんながどうしているとか、知らせがある。
毎年行われている発表会のお知らせも入る。そんな時は、まだ続けているんだな、偉いな、私にはまだそんなところに出て行けるようなエネルギーも、そしてまだ勇気も出てこない。そんな気がしていた。
今もその気持ちは変わらないが、ふっと懐かしくなってかつての発表会の録音を聞いてみたくなった。
発表会では、毎回録音し、写真と共に私たちに渡してくれていた。ずっとCDだった録音が、いつからかDVDという映像にもなって残っている。
発表会の舞台に向けて、作品は各自選ぶことになっている。それも苦労しながらも楽しい事だった。いい作品に出会うと、発表会で読んでみたいと思ったりもした。
私は特に向田邦子のエッセイが好きだった。「字のない葉書」「ゆでたまご」「だらだら坂」、向田和子作「向田邦子の恋文」、そして、小川未明「小さな針の音」、瀬戸内寂聴作「寂聴 古寺巡礼」、山本周五郎「松の雪」、川上弘美作「センセイの鞄」の最終章、この作品は胸きゅんで、私の一番好きな作品かも知れない、などなど、次から次と読んだ作品が浮かんでくるのだから、セピア色ながら、忘れられない記憶なのだろう。
向田和子(邦子さんの妹)作「向田邦子の恋文」 を読んだcDを聞いてみたくなった。懐かしかった。
90歳になった向田さんのお母さんの回想の中に、邦子さんに言われた言葉がある。
「人間オギャーと生まれた時から苦を背負っているのよ。口に出して言うか、言わぬかの違いはあっても、誰にも苦労はある。そこを、どうしていくかが、知恵のつかいどころ、あまりクヨクヨしないで、時が経てば、笑い話になるって、て」。
何とも含蓄のある言葉。これを読んでいた時よりも、私は今の方がずっと心に刺さる。
人生、いろんなことがある、年の功と言うのも最近よくわかるようになってきた。やっぱり、私より年を重ねている方の方が経験が多い。どっしりとしている。達観したところもある。そして経験に基づいた、なるほどという考えがあり、あたふたしない、そんなところは、私にはまだまだない、な~と思っている。
久しぶりに、かつての自分の朗読のテープを聴き、あの時の私と、今の私を逡巡している。
若かったと思うと同時に、私も年をとったなと思う。
貞次さんが「朗読」を続けている私をみて喜んでいたのを思い出し、いつかもっと落ち着いたら通い始めたいと、そんな日が来るといいなと思っている。
それが、私の一つの本来の自分を取り戻せたバロメーターになるのかも知れない。
