今通っている建築クラスで学んだことで印象深いのは、ここ杉並区には建築家が設計した自邸が多かったり、有名な建築家が設計して建てられた公的な建物も多いが、それだけではなく、著名な建築家の設計で建てられた個人の住居もたくさんあるということ。
それは、ここ杉並区内には工場がなく住居が殆どを占めていたので、戦時中にも空襲にもあわず、失われずに遺されたことなどが理由のよう。また住居の所有者の特徴としては特に軍人が好んで家を建てた、そんな場所でもあったそうだ。
大正末期から昭和の初期には中産階級の人が家を建て、当時の有名建築家の家が軒並みあったそうで、洋館付き和風住宅も多く残されている。
2回に分けて学んだ、「杉並区の名建築1~2」では、社寺、教会、建物、教育研究施設、近代の邸宅(戦時中・戦後)茶室・娯楽・文化施設など、事細かく紹介されたので、歴史的な貴重な建物がこんないろいろなジャンルにわたって残されているかと驚いた。巡ってみたいと思った。
それでも、すでに解体されたもの、解体も時間の問題という建物も多くあり、どうして日本はこうして建物を長きに使わないで簡単に解体してしまうものかと私は思ったりした。
ヨーロッパの街並に残る、ルネッサンス建築や、バロック建築など、何百年も維持し、今も健在で、街の美しさを保っているのに、それと比較すると、何だか不思議な気がした。
杉並公会堂は、昭和32年(1957年)に日建設計の設計で建てられた建物で、当時は「東洋一の文化の殿堂」とうたわれたそうだが、平成15年(2003年)に解体されている。私は現在の公会堂しか知らないので、わずか50年にも満たず解体し、どうしてそんなにいいものであったなら残さなかったのかと思ってしまう。
2014年12月に貞次さんと「フィガロの結婚」を大阪に観に行ったことがあった。その時には大阪のモダンな建築物を探し求めて見学して歩いた。大阪には大阪市中央公会堂(写真、重文、大正7年)のようなレトロな建物が数多くあった。
今となっては、こんな建物を二人で探して巡って来たこと等、本当に懐かしいいい思い出になったと思っている。本当に出かけて良かったね、貞次さん♡






