近衛文麿別荘を訪ねる♬♡

貞次さんから影響を受けた建築の世界、杉並区の 一般社団法人すぎなみ文化協会 が企画運営している文化財クラス、建築クラスの講座に通い始めて1年になる。
内閣総理大臣を3度務めた近衛文麿が当時郊外だった荻窪に別邸をもち、本宅は白金にありながら1945年12月に自決したのは荻窪の家の書斎だった。この荻外荘(てきがいそう)が日本政治史上、重要な会議が行われた場所として、国の史跡に指定されている。

そして荻窪には、「三庭園」と称される、近衛文麿旧宅、角川庭園、大黒田公園がある。これらの歴史を学んでいるのだが、近衛文麿はここ荻窪別邸の他に、鎌倉山別荘地にも別荘を持ち、また軽井沢にもまた別荘があった。

軽井沢の別荘は、現在は「市村記念館」となって軽井沢町長倉にある。近衛は大正15年に洋風建築会社「あめりか屋」によって建てられたこの建物を別荘として購入し、昭和7年に政治学者で親交のあった市村今朝蔵に売却、南原に移築されていたものが現在地に移されて、市村家のご遺族より町に寄贈され、「市村記念館」として一般公開されている。

「あめりか屋」という建築会社は、大正時代に洋風建築会社として軽井沢町に多くの別荘を建てた会社で、また市村今朝蔵という方は、南原を別荘地としての開発に尽力した方で、軽井沢南原で学者仲間を集めた別荘地「友達の村」をつくった人物。

この「友達の村」は、当時の日本の代表的な知識人たちが参加し、その村の多くの子供たちも現代の日本においてリーダーとして活躍しているそうである。そのため、この別荘コミュニティは、現在も「財団法人軽井沢南原文化会」として、存続している。

そして、次回は、近衛文麿の鎌倉山の別荘跡とその周辺を歩く、という鎌倉山ツァーが予定されている。話が前後するが、 棟方志功 もかつて荻窪に長く暮らし、生活は荻窪の自宅だったが、アトリエは鎌倉にあったことから、鎌倉山ツァ―には、棟方志功美術館跡(現在は故郷の青森県立美術館に移され展示されている)の見学も含まれている。

昭和初期に開発され、分譲されたこの鎌倉山の別荘地は当時大人気で、見学ツァーが開催され、政財界で活躍する大物たち、芸能人らが購入し、オペラ界からは藤原義枝、女優の田中絹代らの名前もある。折しも、松竹撮影所が大船に移されたのをきっかけに田中絹代はこの地を選んだそうである。

この鎌倉山ツァーでは、 昭和10 年代末に、近衞文麿の夫人、千代子さんがバスを待つ姿が見られたという旭ヶ丘バス停、棟方志功美術館跡→近衞文麿別荘跡→田中絹代別荘跡→元、松本烝治別邸→扇湖山荘(元、長尾よね別邸)、終了後オプションとして元、菅原恒覧(すがわらつねみ・鉄道事業家)別荘(死後高級料亭「三貴園」として営業を続けていたが、現時点では廃業 )も含まれ、楽しみにしている。

こうして学んでいると、様々な分野にすそ野が広がっていき、建築の世界への興味が増すばかり。貞次さんがいてくれたら、もっともっと楽しかっただろうなと、いつも思うが、これらを仏壇に話しかけていると、話は尽きない。