旅の魅力♬♡

友との約束があったので、奈良へ行き、秋篠寺の伎芸天さんと、興福寺国宝館の阿修羅像にあってきました。
旅はやっぱり楽しい、何よりの気分転換になる。日常の気の重いことなど、どこかに行ってしまう。旅の魅力はそれに尽きると思う。日常から離れて、時を過ごす、そうするといつもの日常がどんなに楽しくまたかけがえのないものかもわかって来る。それもまた旅の魅力かなとも思っている。
久しぶりに会う何でも話せる友の存在も有り難い、久しぶりと言っても昨年の11月には会っているので、そう久しくはないが、でもあれこれ話は尽きない。
次は、拝観願を出して申し込みをして桂離宮を、そして鑑真さんの唐招提寺へも行こうねと約束して別れた。

今回訪ねた秋篠寺へは、近鉄大和西大寺から押熊行きのバスにのっていくのだが、私は今回でもう5~6度目、最初に訪れたのは一人だったのか、またいつだったのかも、よく覚えていない、もう30年近くも前になるだろうか。でもその次からは、友達と行き、姉と行き、貞次さんを連れて行き、そして息子も連れて行き、そして今回も友達を連れてと、もしかしたら6度目になるかも知れない。

いつ行っても、とにかく静かで、殆ど人と会う事もない。このお寺さんを訪れる目的は我が国唯一の諸技諸芸祈願の像である”伎芸天像”さんにお会いするためで、この仏像のことを知ったのは瀬戸内寂聴さんの著である”寂聴古寺巡礼”を読んでのこと。
その中には、ここを訪れた堀辰雄が書いた文章も載っていて、「こんな何気ない御堂のなかに、ずっと昔から、かういう匂いの高い天女の像が身をひそませていてくださったのかとおもうと、本当にありがたい。」という一節もあって、堀辰雄はこの寺の秋草に寝そべって書いたそうな。

私は別に芸事がうまくなって欲しいとか、そのような願望などある筈もなく、ただひたすらこの仏さまにお会いしたいからで、久々に逢う恋人に胸をときめかせて会いに行くような、そんな心持である。苔が美しいお寺さんで、四季を問わずにこの苔に出会えるのも嬉しい。

そして本堂に佇む伎芸天さんは本当に美しい、東洋のミューズと呼ばれるほどである。少しふしめにこちらを見下ろされ、今でも何かおっしゃられそうに立っておられる・・。誰であったか、、伎芸天の前でお酒をのみたいと憧れ、それを果たしたという果報者がいたとそうな、、、それほど美しいお顔に吸い寄せられてしまうのだろうか・・美しさが人間的で匂う様ななまめかしさがあり、なかなか去り難く、何時まででもその前に立ってお顔を拝していたい、そんな思いになる。

今まで連れてきた人は私の感動が大袈裟でないことを知り、感動して帰ってくれているだろうと思う。貞次さんとてそうだった、そして今回も一緒だった友達も同じだろうと思う。

今回の目的は次に興福寺の国宝館に置かれている八部衆立像の中の阿修羅像でもあったので、近鉄奈良駅まで戻って興福寺の広い境内を歩いた。ちょうど五重塔は修復中で、味気ない大きな囲いしか見えなかったのが残念だった。

私は、八部衆の中では上半身のみが残る五部浄にも不思議な魅力を感じて見入ってしまった。そしてまた、阿修羅像の向かいに立つ国宝の、木造千手観音菩薩立像のその大きさ威厳さにも圧倒された。何と像の高さが5メートルを超すというのも驚きしかない。

ここ国宝館では、ガラス越しでもなく、直に対面できるのも大きな喜びだった。阿修羅像の華奢な腕と、三つある顔を見入っては、時のたつのを忘れるほどだった。やはり、ここ国宝館で観る阿修羅像は格別の感動がある。
貞次さんとも一度行ったが、その時のことはもう忘れてしまったが、二人で肩を並べてみた阿修羅像は今となると行ってよかったと思える思い出である。

旅は、私に色々なものを残してまた終わってしまった。これからまた頑張って生きて、そしてまた旅に出かけられたらと思っている。

今日も、東京は冷たい雨。心は余韻で満たされているから暖かい。

旅、モーツァルト、友、これが今の私を支えているものかな、ありがとうの言葉しかない。

こちらは興福寺中金堂

秋篠寺山門で

ホテルの窓辺