貞次さんの涙~

私と年齢は親子ほども離れているが、とっても優しくて可愛いY子さん。17歳違いだから、娘と言っても決して無理でもない。彼女と一緒にいると「あら、お嬢さん?」と聞かれる。実際にそんなことが何度かあった。
Y子さんとは2006年のモーツァルト生誕250年の音楽ツァーを共にし、それ以来だからかれこれ20年近くなることになる。光陰矢の如し、もうそんなに経っているとは思えない。

小淵沢での音楽祭にご一緒したり、お母様と一緒にツァーに参加していたので、私たち夫婦と4人で、何度も楽しい時間を共有してきた。

2019年7月、暑い盛りだったが貞次さんが2度目の手術した翌日、Y子さんは私に会いに入院先の病院まで来てくれた。小さなブーケと、涼しげなゼリーの詰め合わせを持ってきてくれて、しばらく私と話をして、帰ろうとする時に、私は、面会は無理と思ってはいたが、やっぱりこのまま帰ってもらうより貞次さんにも会って貰いたくて、「ちょっと聞いてくるはね」と彼女を待たせて病室に行った。

手術の翌日でまだ起きたりはできなかったが、貞次さんは思いのほか元気で、「会いたいでしょ?」といったらうんと云った。きっとこんな猛暑の中、よく来てくれたと思ったのだろう、と思う。

このY子さんとは、先日ランチをしたばかり、その時のことを彼女も鮮明に覚えていた。
7月27日のことだからその日も猛烈な暑さだった。ベットに横たわっている貞次さんに、Y子さんは「外は毎日暑いけど、病院は涼しいから、快適な所でゆっくりできて、いいわね」と、そんなようなことを言ったように思う。貞次さんは最初はそれを聞いて笑ったが、そのあと泣きだした。本当に泣いてしまった。

手術で命がつながった嬉しさもあったのかも知れない、翌日に来てくれた嬉しさもあっただろう、Y子さんのその言葉で救われたのかも知れない。
それともこうして生きていることに泣けたのだろうか。とにかく、悲しい涙ではなかったことは確か。これは生きていることが当たり前と思っている人には、決して分からないだろう、貞次さんのこの時の気持ちは。

その時の無邪気な温かさ、自分を思ってくれる気持ち、きっとそんなものにも感情が溢れたのだろう。

私は6月から毎日面会時間中ずっと病院通いをしていたので、髪の毛が伸びていて切りたいけど、美容院にも行けずにいるのよと、言ったそうだ。

私はそのことはすっかり忘れていたが、彼女は覚えていて、そういえば「2、3時間なら私が見ていてあげるから、行ってきたら」と随分言ってくれた。

すぐには美容院も予約はできないから、いいわ、とそれには応じなかったが、そんなこともあったな~と、その日のことを思い出して、ひとしきりこんな話をしながら貞次さんを懐かしんだ。

こうして会っていても、決まって出るのが貞次さんとの思い出話。あんなことがあった、こんなことがあったと、私たちは話し、楽しく過ごす。貞次さんは今も一緒ねと・・。

このご縁も、モーツァルトが結んでくれたもの。、私たちは、モーツァルトを好きだったことで、本当に様々な良いご縁を頂いた。それは貞次さんがいなくなった今もこうして続いている。貞次さんが私に残してくれたものに違いない、そう思っている♡