モーツァルトの街~プラハ

私は足の痛みはほとんどなくなり、普通に歩けている。結局何の病気で、何が原因だったのかは解明はされていない。医師からも病名のお話はなかった。(私が聞かなかったからかもしれないが・・)

医師を息子さんに持つ人がいて、その方と電話で話した時に「この世に病名の分からない病気はいっぱいあると、息子がそう言っていた」と、言っていたが、何となく私には説得力のあるお話だと思った。今になると病気だったのかさえも定かではない。何だったのだろうか。。
金曜日に診て貰った先生は「あと一週間はかかるが、もう心配はないでしょう」と言っていたが、その通りになるだろう、この辺りの見立てはさすが先生、あたりだと思っている。

旅行をドタキャンしたので、友達にも本当に申し訳ないことをした。次には友達に会いに行こうと思う。早く良くなる様に、今何か困っていることはないかと、いろいろと心配してくれた友にも感謝している。

いつもの何気なく送っている平和な日々、それがとても有難いものだと気が付く。健康を当たり前と思ってはいけないのだろう。喉元過ぎれば何とやらかも知れないが、今はこの平穏無事な毎日に感謝して、そしてこれを維持するように努めなければと思う。

フィギュアスケートが好きな私は、先週開催されていた世界選手権2026を生放送で観たくて”FOD”に加入した。現地からのライブ放送があるし、見逃し配信で何度でも観ることが出来るから。

今年の開催地はプラハ、貞次さんとの初めての海外旅行がここプラハだった。モーツァルトを愛したプラハの人々、そして映画「アマデウス」のロケ地になったのもここプラハだった。
熱狂的なファンだったプラハの人々は、モーツァルトの死を世界中で一番嘆き悲しんだとも言われている。

オペラ「ドンジョヴァンニ」が初演され、そして交響曲には「プラハ」という副題がついた曲だってある。モーツァルトも何度も訪れているし、またモーツァルトはプラハのドゥーシェク夫人の為の曲「とどまってください、ああいとしい人よ」K528という曲も書き残した。
「プラハの街角でのモーツァルトとダ・ポンテ」と題した絵を貞次さんは描いた。宿泊した宿を絵にしてモーツァルトとダ・ポンテ二人を書き入れた絵。貞次さんはこの絵を気に入っていたらしく「永遠のモーツァルト」の本の表紙になった。

世界選手権の競技の前後に、美しいプラハの町の風景が大写しに流れて嬉しかった。プラハは、カレル橋、プラハ城や、仕掛け時計のある旧市庁舎など懐かしい景色がいっぱい。初めて訪ねてから久しいが、この競技を通じてプラハを思い出し、貞次さんとの思い出を紐解く機会にもなった。
オリンピックで思ったような結果を出せなかった選手が、ひと月を経て、この大会で素晴らしい演技を披露し、ファンを魅了し、それを見守る私たちの感動の涙もたくさんあった。
中世の面影が今も残る、美しき街プラハ、モーツァルトが永遠な限り、プラハの街も永遠に愛される街なのだろうと思う。