スーパーなどで買い物をして、お金を払い、そして品物を置いて帰ることが若い頃も、よくあった。すたすたと買ったものを置いて帰る、これを誰かに話すと、私もある、ある、と言われることもあったが、最近それはすっかりなくなっていた、忘れずにちゃんと持ち帰っていた。(当たり前だが・)
それなのに、それなのに、本当に、本当に久しぶりにそれをしてしまった。お彼岸だからと和菓子屋さんでおはぎなどを買い、お金を払い、そのまますたすたと帰ってきてしまった。
だいぶ先まで歩いてきた出口の所で、後ろから呼び止められた、先程の応対をしてくれた店員さんが「品物をお忘れです」と。見ると買ったおはぎが入った紙袋が目の前に。
最近は、とんとなくなっていたのに、あ~またやってしまった~。。
この日は、急いでいたわけでもないのに、うっかりとはいえ、やってしまった。老化現象かな??貴重品ではなかったので、まぁ、それだけはよかった。
9月21日は敬老の日だった。「敬老の日」は祝日で、字の通り、みんなで老人を敬う日なのだろうと思うが、それでは敬って貰える年齢は何歳からなのだろうと思い調べてみた。しかし、これと言った定められた年齢はないそうで、私は一体対象になるのか?ならないのか。
テレビでは盛んに100歳を超えた人は〇〇〇人を超えたとか、最長寿年齢は〇〇〇歳とか報道していた。そういう長寿の方からしたら、私は娘の様な年齢かも知れない。
人生100年、どうやってこの長い人生に生きがいを見つけて生きていくのだろう、父が生きていたら今101歳、母が生きていたら99歳、二人共もういない。
敬老の日、東京は朝から雨であいにくのお天気、一日家で過ごすような日だった。私は自分を敬老に達したものとみなして、自分で自分を敬老した。
この日は思いっきり朝寝坊をし、お昼時に遅い朝食をとり、好き勝手、いつも以上に気ままに過ごした。そして、綺麗な色のマグカップを新調した。これで毎朝好きなコーヒーを飲むんだと思ったらとても嬉しい気分になった。来年も、こうして自分を思いっきりラクチンにして、好きなことをして過ごそう、そして自分へのご褒美に何か一つ買ったりしよう、そう思った。
「敬老の日」は、誰かに祝ってもらうより、これまで生きてきた自分の命に、お祝いのおめでとうと言う日にしたいと、私は思った。
何歳まで生きるかなど、誰も全く分からない、明日のことは分からないのだ、今が最高と思って過ごそう、そんなことを考えた、私の「敬老の日」となった。

真っ赤な花柄が気に入ったマグカップ。

我が家の秋薔薇たちの、モーツァルト♪。

コンスタンツェ♪。
