貞次さんを思う♬♡

貞次さんの夢をみたと、仙台に住む高校時代の友人からメールがあった。元気な姿をしていて、そんな貞次君に会えてとても嬉しかったと、書いてあった。

この友人は、おととしの同級会でも、貞次さんが会場の片隅にいて、じっと座って一緒に楽しんでいたような気がしてならない、と知らせてきたこともあった。

去年の12月には秋田でもその席にいたような気がすると、別の方からも言われていたので、そんな風に存在を思い出して貰っているのなら、本当に嬉しい。

先日のモーツァルトの集まりの帰りに、ザルツブルクの旅でご一緒し、ザルツブルク郊外にあるカラヤンが最期に過ごしたという家を一緒に訪ねた方から、「あの時は延々となが~い道のりをずっと歩いてようやくカラヤンの家にたどり着いた、あの時無理をさせてしまって、ご主人は病気になったのではないかと、思って申し訳なかった」などと言われて、「まさか、そんなことはありませんよ」と思わず笑ってお答えしたが、そんな風に気遣って頂いていたなんて。その時はカラヤンのお家だけではなく、お墓にもお参りし、貴重な体験をご一緒させて頂いたと、むしろ感謝している。貞次さんも、そう思っているに違いない。

「素晴らしい本を残されて・」ともおっしゃってくださったのも嬉しかった。貞次さんのあの本をそのように言って頂き、何より本人も喜んでいることだろう。

150冊印刷した「僕の生きた証」として残した「永遠の友 モーツァルト」は、今は残りが十冊あるか、ないかになった。貞次さんが残したリスト通りに私が皆様にお送りしたが、リスト以外でも、欲しいと言ってくだされば差し上げてきた。

中学、高校、大学時代の友人、大学の漫画研究会の仲間、会社での建築関係の方々、そして勿論モーツァルトの仲間たちに渡った本たち、今はどうしているだろうか。
本は完成し、その納品を待ち焦がれようやく手にして満足げに、そのちょうど2週間後に逝ってしまった貞次さん。その姿を今でも思い出す。

今はどうしているのかと、貞次さんを思う。
私の方は今も、こうして貞次さんを思い出してくださる方々に囲まれて暮らしていますよ、と伝えたい。