忙しい、忙しいと言いながら、28日はご近所での音楽講座に行き、これが私の今年最後のモーツァルト締めとなりました。
このクラスは座学とミニコンサートをセットにした音楽同好会で、私がモーツァルト好きと知った主催者の方が薦めてくださったもの。私が住む町荻窪で、家から徒歩圏の所で開催されているので、私も気軽に参加出来そう、と思った。
月2回土曜の午後の講座で、場所もピアノのあるおしゃれな音楽カフェで、講師も地元阿佐ヶ谷でお育ちで、現在は指揮者としても、大学の講師としてもご活躍の先生です。
今季のテーマが、私にとっては嬉しい「モーツァルトの生涯と名曲」~映画「アマデウス」から観るその時代と事実~と、こんな魅力的なテーマだったのも嬉しい限り。
その2回目だったので、休みむのは勿体ないと思い、色々な用事を後回しにして出かけました。
「アマデウス」の映画のDVDを私は持っているのでもう何度も、数えきれない程観ているが、シーンごとに映像を止めて解説があったり、そして終わると質問も受けてくださるので、今までにない体験です。
この映画で、一気にサリエリという作曲家の存在が大きく知られるようになりました。モーツァルトも然りかも知れません。でもこの映画のイメージって、本当のモーツァルトだったのかは私には分かりませんが、なぜかモーツァルトを溺愛する人も決して悪評はしない、むしろみんな好き。それは何故かというと、サリエリの嫉妬というものを描くことにより、モーツァルトはいかに類を見ない稀有な才能をもった作曲家だったかを世に示してくれたように思うから。モーツァルトびいきの私からするとそう思う。
でも、この映画の封切の後、先生はバスの中でモーツァルトの何かご本をお読みになっていたら、見知らぬ女性に声をかけられて、映画の中のモーツァルトは本当にあんな風だったかとか、いろいろと質問されたそうです。だいたいの人はそう思うでしょうね。モーツァルトの作曲した作品と、キャラクターが一致しないのでしょうね。終了後も、サリエリと、モーツァルトの関係は、この映画の通りなのですか?といった似たような質問もありました。
これから、この講座は、映画「アマデウス」を中心に、モーツァルトを取り巻く当時の社会情勢や、当時の音楽界、また内容におけるフィクション部分と「史実「を比較しながらあと3回講座が続きます。
この「アマデウス」という映画はアカデミー賞作品賞、監督賞、主演男優賞、脚本賞、衣裳デザイン賞、メイクアップ賞、音楽賞8部門を受賞。その他でも、英国アカデミー賞4部門、ゴールデングローブ賞4部門、ロサンゼルス映画批評家協会4部門、日本アカデミー賞外国作品賞などを受賞。
これ以降、これほどの名画と言える映画作品は、モーツァルトを語る上では誕生していない。
貞次さんも好きで良く観ていた。何度観ても、最後の雨の中の埋葬シーンは切なさがこみ上げてくる。でもエンディングのテーマ、モーツァルトピアノ協奏曲第20番第2楽章ロマンスの心に染み入るメロデーが、沈むことはない、前を向いてと、優しく語り掛けてくれるようです。
映画「アマデウス」の余韻と共に、今年は年越しです。
