先日の目黒パーシモン大ホールでの「フィガロの結婚」を今でも時々思い出す。歌手や演出、舞台装置、オーケストラと、全てで満点級だったが、やっぱり指揮者の鈴木優人さんの緻密な音楽づくりの結果かなとも。最初の「魔笛」、次の「ドン・ジョヴァンニ」、今度の「フィガロ」と、私の個人的な感想だが、日に日によくなっているというか、前回も最高と感じたが、「フィガロ」最高と言いたい気持ちにもなってきます。
オペラはやはり指揮者の力が大きいと思う。これは私だけではなく、音楽評論家の先生もおしゃるし、先日の終了後の会でも、みんながそう認めていた。
また、ここだけの話になるのですが、私の隣に座った海老澤先生の講座で長い間ご一緒したある方曰く、「彼も最初はひどかった、以前モーツァルトの「○○○〇」を彼の指揮で同じオケで聞いたことがあるが、あれからすごく進化したのを感じる。鈴木さんはモーツァルトが好きな人なんですよ」
それを聞いて、私はすぐに、ピアニストの反田さんを思い出した。反田さんは子供の頃からモーツァルトが好きで、自身いろいろな場所で、そう語っています。私は2年前にサントリーホールで彼の20番を聴いて、本当に感動して帰ってきた。その時は誰とも一緒ではなく、最近私は殆ど一人で聴きたいと思えば出かけるので、この日の帰りは、感動を伝える人がいなくて、本当に寂しかった。感動を分かち合えたらと思った。演奏が胸に迫ってくるのは、それはモーツァルトへの愛なのか、反田さんのモーツァルトへのオマージュの様に思えて衝撃を受けた。なんて素敵なモーツァルトだろうと・・。
その後、反田さんは、23番や、27番を最近もコンサートで演奏していて、それを聴いた評論家の方は、その素晴らしさを、「彼はモーツァルトが好きだから、モーツァルトの演奏は愛に溢れたものになる。」と評価していたのをきいて、好きという思いは演奏するうえで大きな要素であり、それは演奏にも表れ、それは聴くものを感動させるのだと、感じた。好きこそ何とかです。
オリンピックを見ていても、好きなことに熱中し、それに楽しく打ち込めて、そのことが自ずからいい結果になっていることを感じる。何でもそうだと思う。好きだからやめられない、好きだからしているんです、と言っている人は強い。長い人生を歩む上で、好きな何かを見つけられる人は幸せな人、残りの人生がすっかり短くなってしまった私は、その大事さを思う。
好きは楽しい・・・♬
貞次さんは好きを持ってた人だったなと思う。建築の道に進みたかったのもそうだし、そして音楽も、フルートを吹いたり、絵を描いたり、良い人生だったなと思う。素敵だったわね、と貞次さんにも言ってあげたいなと思う。♡♡
